火. 11月 26th, 2024

台中市にある宝覚禅寺(法覚寺)は、台湾が日本統治時代だった1927年(昭和2 年)に、良達法師によって建立されたお寺です。

日本の臨済宗妙心寺派のお寺であると同時に台湾仏教のお寺でもあります。台湾のようでもあり日本のようでもある、不思議な雰囲気のお寺です。

建物の中に建物がある珍しい形になっています。

本堂は木造でできていますが、老朽化が進み壊れそうになっているので、本堂を守るために外側に石造りの建物を建てています。この建物を大雄宝殿と呼んでいます。

本堂の前にはお釈迦様の化身と言われる白い象が2頭います。その隣には日本式の灯篭もあります。日本と外国の文化が一緒になっているのが面白いですね。お釈迦様の両側には、韋駄天菩薩と伽藍菩薩が祭られています。どちらも仏殿を守る仏様です。

日本人墓地

 

 

 

 

 

 

 

お寺の右側には日本人遺骨安置所あります。

終戦直後、台湾中部の苗栗県の大湖というところに野沢六和という人が住んでいました。この人は元々台湾人でしたが、日本人女性と結婚して国籍を日本に変更していました。

この人がある日、自宅近くの畑を耕しているとき、土の中から人骨を見つけました。この場所には戦時中に日本陸軍の病院があり、亡くなった人をここに埋葬していました。遺骨が入った箱に書かれている内容から、病院で亡くなった日本人の遺骨であることがわかりました。そのままにしておいたら、風雨にさらされてしまうため、遺骨を丁寧に拾い上げて自宅に持ち帰り保管していました。

その後、野沢さんは「台湾各地の日本人墓地は供養をする人がなく、どんどん荒れて遺骨もばらばらになっている」との話を聞き、このままにしておくのはかわいそうだと思い、1947年より遺骨を集めて供養をする旅に出て、十数年かけて約2万体の遺骨を集めました。

1961年、当時の在台湾日本大使館が遺骨を台北市北投にある中和寺、台中市の宝覚寺、高雄市の共同墓地の3か所に分けて納骨し大使館で供養することになったので、これで野沢さん個人での遺骨を集める長い旅は終わりました。

日本大使館が慰霊祭を1年に1回、台北と台中、高雄のそれぞれで行ってきましたが、今は断交して日本大使館がないので、「台湾日本人会」という団体が引き継いで慰霊祭を行っています。

宝覚禅寺②に続く

執筆:徐啓祥(台湾人ガイド)